機械的に立上った
「いろいろ世話になってるものだから......。ご免なさい。あたし好きじゃないのよ。それに、ふく子さんの......。」
その謎のような言葉だけが耳にのこった。それをかみしめるうちに、どう歩いたか喜久本の前につっ立ってる自分を見出した。それに気がついて我に返った。そして煮え返るような胸を抱いて、しっかり足をふみしめて、歩き去った。依田を殴り倒してる幻想が浮んでくる......。もう千代次が惜しいのではない。黄金の権力が呪わしいのだ。慾望は構わない。他人の慾望を蹂躙する貪慾が敵なんだ。僕を個人主義者だと笑ってはいけない。
中江は多少興奮していた。村尾は口を噤んでから、妙に萎れていた。
「よし、出かけよう。」
中江は元気よく立上ると、村尾もそれにつれて機械的に立上った。そして二人は、狭い裏通りを並んで歩いていった。どちらも可なり酔っていた。薄い絹の襟巻をして眼鏡を光らしている中江に比ぶれば、帽子の線を引下げてマントの襟に※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)を埋めてる村尾の方が、痩せた弱々しい身体付のせいもあって老けて見える。そして中江のしっかりした足取が、ふらついてる村尾の足取りを導いてるようだ。
暫くすると、彼等は喜久本の一室に落付いていた。
